「この作品のテーマは何ですか?」
そう聞かれると、私はこれまで、
「家族愛」
「友情」
「自由」
「生と死」
みたいなものを思い浮かべていました。
もちろん、それも間違いではないと思います。
でも最近、ストーリーについて考えていて、テーマというものをもう少し違う形で捉えるようになりました。
テーマとは単に「何について描いた作品なのか」ではなく、
「この状況で、人はどう生きるべきなのか?」
という問いに対して、物語そのものが出す答えなんじゃないか。
そう考えると、テーマというものが一気に面白く見えてきました。
テーマには「問い」がある
たとえば、
「大切な人を守るためなら、他人を犠牲にしてもいいのか?」
という問いがあったとします。
これに対して、全員が同じ考えを持っていたら、あまり物語にはなりません。
主人公は、
「守りたい。でも、他人を犠牲にはしたくない」
と考えるかもしれない。
別の人物は、
「大切な人を守れるなら、何をしてもいい」
と考えるかもしれない。
また別の人物は、
「一人のために他人を危険にさらすべきではない」
と考えるかもしれない。
みんな、同じ問いを見ています。
でも、答えが違う。
そして、その違う答えを持った人たちが実際に行動することで、物語が動いていく。
そう考えると、テーマというのは誰か一人のセリフの中にあるのではなく、
キャラクターたちの生き方の違いそのものに表れている
ように思います。
キャラクターは、テーマに対する「別の答え」になる
以前、魅力的なキャラクターについて考えたとき、
キャラクターは他の人物との比較によって輪郭が見えてくる
というところにたどり着きました。
テーマについて考えると、その話がもう一段つながります。
キャラクターたちは、ただ性格が違うだけではない。
同じ問題に対して、それぞれ違う答えを持っている。
だからぶつかる。
主人公とライバルの価値観が違うから、対立が生まれる。
そしてその対立を見ることで、
「主人公はこういう人だったんだ」
「このライバルは、こういう考えで動いていたんだ」
と、それぞれのキャラクターまで見えてくる。
つまりテーマは、
キャラクター同士をつなぐ共通の問い
でもあるのかもしれません。
「正しいこと」を説明するだけでは、たぶん面白くない
ここで面白いのが、テーマは必ずしも説明される必要がないことです。
もし主人公が突然、
「人は互いを信じるべきなんだ!」
と語り始めて、それでテーマの説明が終わってしまったら、少し味気ない気がします。
もちろん、そういうセリフが効果的な場面もあります。
でも、言葉で説明するだけなら、観客は答えを受け取るだけです。
一方で、
人を信じられなかった主人公が、
裏切られるかもしれない状況で、
それでも最後に誰かを信じる。
そういう行動を見せられたら、
「ああ、この人は変わったんだ」
と感じます。
そして同時に、
「この作品は、人を信じることについて何か言っているのかもしれない」
と考えることができる。
テーマがセリフではなく行動として現れる。
この方が、ずっと物語らしい気がします。
自己発見だけでは、まだ終わらない
主人公は物語の中で、さまざまな経験をします。
失敗する。
誰かとぶつかる。
何かを失う。
自分の弱さを思い知らされる。
そして最後には、
「自分は間違っていたのかもしれない」
「本当に大切だったのは、これだったんだ」
と、自分自身について何かを知る。
これが自己発見です。
でも、気づいただけではまだ足りない。
本当に変わったのなら、
以前とは違う行動を選ばなければならない。
そこで最後にもう一度、選択の瞬間がやってくる。
以前の主人公なら選んでいた道と、
今の主人公が選ぶ道。
その二つが違ったとき、
「ああ、この人は本当に変わったんだ」
と観客にも分かります。
私は、この瞬間こそドラマなんじゃないかと思います。
ドラマとテーマが、同じ場所で重なる
以前、ストーリーについて考えたとき、
人が変わる瞬間にドラマが生まれる
というところにたどり着きました。
今回テーマについて考えていて、その話がここにつながりました。
主人公が自分自身について何かを知る。
そして最後に、以前とは違う選択をする。
その選択によって、
主人公がどう変わったのか
が分かる。
同時に、
この物語が「どう生きるべきか」という問いに対して、どんな答えを示しているのか
も見えてくる。
つまり、
主人公の変化と、物語のテーマが、最後の選択で重なる。
これがすごく面白いと思いました。
テーマは「正解」ではなく、考える余地を残す
ただ、その選択を見たからといって、
「なるほど、この作品のテーマはこれですね」
と一つに決まるとも限りません。
主人公とは違う価値観を持つライバルにも、一理あるかもしれない。
主人公の選択に納得できない人もいるかもしれない。
むしろ、
「本当にそれでよかったのかな」
「私はライバルの方が正しいと思う」
「この作品は別のことを言っているんじゃないか」
と考える余地が残っている方が、作品について話したくなります。
テーマが説明されすぎないからこそ、
観客が自分で意味を考えられる。
そして同じ作品を見ても、受け取るものが少しずつ違う。
だから作品について議論できるし、何年か経って見直したら違うテーマが見えてくることもある。
テーマって、作品の中に答えが一行で書かれているものではなく、
ストーリー全体を見た観客の中で、少しずつ形になっていくもの
なのかもしれません。
テーマって、面白い
ここまで考えて、私はテーマをこんなふうに捉えるようになりました。
テーマとは、「この状況でどう生きるのがより良いのか」という問いに対する、物語なりの考え。
そして、その考えは説明されるのではなく、
キャラクターたちが違う答えを持ち、
互いにぶつかり、
その結果を経験し、
主人公が自分自身について何かを知り、
最後にどんな行動を選ぶのか。
そのすべてを通して表現される。
だからテーマは、ストーリーのどこか一か所にあるものではない。
キャラクターも、対立も、主人公の変化も、最後の選択も、全部がテーマを語っている。
そう考えると、テーマって思っていた以上にストーリーの中心にあるものなんですね。
そして説明されないからこそ、私たちはそこに自分なりの意味を見つけられる。
最近、テーマというものがちょっと好きになりました。
参考
この記事を書くにあたり、『ストーリーの解剖学』で紹介されているテーマ(道徳論議)についての考え方を参考にしながら、自分なりに整理しました。
