シンボルは、意味を重ねて育てる

ストーリーのしくみ

物語を見ていると、

「この花には何か意味があるのかな」

「どうしてこの作品では、同じものが何度も映るんだろう」

と思うことがあります。

こういうものを「シンボル」と呼ぶことは知っていました。

でも、

「じゃあ、シンボルって結局なんなんだろう?」

と聞かれると、私はうまく説明できませんでした。

「何かを象徴するもの」

と言えば間違ってはいない。

でも、それだけだと少しぼんやりしています。

最近ストーリーについて考えていて、今のところ私はシンボルを、

目に見えない意味を、目に見えるものに預けること

だと考えるようになりました。

そして、ただ意味を持たせるだけではない。

物語の中で何度も登場させ、そのたびに少しずつ意味を重ねていく。

どうやらシンボルは、最初から完成しているものではなく、物語の中で育っていくものでもあるようです。

目に見えないものを、目に見えるものにする

たとえば、

自由。

支配。

死。

希望。

愛。

恐怖。

こういうものは、そのままでは目に見えません。

でも物語では、それを何か別のものに託すことができます。

鳥に自由を重ねる。

檻に束縛を重ねる。

光に希望を重ねる。

ある物体や生き物、場所に、別の意味を持たせる。

そうすると、わざわざ、

「この人物は自由を求めています」

と説明しなくても、映像や描写によって感じてもらうことができる。

私はこれが、シンボルの一つ目の働きなんじゃないかと思います。

目に見えないものを、目に見える形にする。

ストーリーワールドについて考えたときにも似たことがありました。

主人公の弱点や対立を「場所」として外側に見せることができる。

シンボルもそれと同じように、物語の中にある抽象的なものを、何か具体的なものへ置き換えて見せてくれる。

でも、一度出しただけではシンボルにならない?

ここで面白いのが、「繰り返し」です。

たとえば主人公の部屋に赤い花が置いてあったとします。

一度だけなら、

「赤い花があるな」

で終わるかもしれません。

でも、その花がある人物との思い出の場面で登場する。

その人物を失ったあとにも登場する。

そして物語の最後、主人公が前へ進もうとする場面でもう一度現れる。

そうすると、同じ花なのに、最初とは見え方が変わってきます。

花そのものに意味があるというより、

物語の中で積み重なった出来事が、その花に意味を与えている。

だから私は、

意味を重ねることと、繰り返すこと。

この二つがシンボルを考えるうえで大切なんじゃないかと思っています。

繰り返すたびに、少し変わっていく

ただし、まったく同じものを同じ意味で何度も出せばいいわけでもなさそうです。

面白いシンボルは、物語が進むにつれて意味が変わっていくことがあります。

最初は「憧れ」だったものが、後には「執着」に見える。

最初は「安全」を意味していた場所が、最後には「束縛」に見える。

最初は主人公が欲しがっていたものが、最後には手放すべきものになる。

同じシンボルなのに、主人公が変わったことで意味まで変わる。

これはストーリーワールドについて考えたときにも出てきた話でした。

主人公が変わると、世界の意味も変わる。

シンボルでも同じことが起こる。

だから、

意味を持たせる。
繰り返す。
そして少しずつ変化させる。

この繰り返しによって、シンボルは物語と一緒に育っていくんだと思います。

シンボルは「物」だけじゃない

シンボルというと、

指輪。

剣。

花。

鳥。

月。

みたいな「物」を思い浮かべやすいです。

でも、考えてみるとシンボルにできるものはもっと広い。

キャラクターそのものが、ある価値観を象徴することもある。

主人公とライバルが、それぞれ違う生き方を象徴することもある。

森や都市といった世界そのものが、何かを表すこともある。

さらに、

誰かを助ける。

何かを手放す。

ある場所へ戻る。

といった行動そのものが意味を持つこともある。

そう考えるとシンボルは、物語の中に置かれた小道具だけではありません。

キャラクター、世界、行動、物体。

いろいろなものに意味を預けることができる。

だからシンボルは、思っていたよりずっと大きなストーリーテリングの道具なんですね。

昔から、人はシンボルを使ってきた

ここで面白いのが、シンボルという考え方自体は決して新しくないことです。

たとえばギリシア神話では、ゼウスと雷や鷲が強く結びついています。

何度も物語や図像の中で結びつけられてきたことで、雷や鷲を見るだけでもゼウスや、その力・権威を連想できる。

つまり、

ある存在と何かを繰り返し結びつけることで、そのもの自体が意味を持つようになる。

これもシンボルです。

そして面白いことに、こうして長い時間をかけて意味が定着したシンボルは、後世の物語でも使えます。

作者がゼロから意味を育てなくても、

「このモチーフには、昔からこういう意味がある」

という文化的な記憶を借りることができる。

つまりシンボルには、

作品の中で新しく育てるものと、

すでに文化の中で育っている意味を借りるもの

があるんですね。

だから神話や宗教、昔の物語を知っていると、現代の作品を見るときにも拾えるものが増えるのかもしれません。

シンボルは、観客の中で完成する

ここまで考えると、シンボルって少し不思議です。

作者が、

「この花は○○を意味します」

と説明する必要はありません。

むしろ、説明しない方が面白い。

何度か同じものを見る。

そこに似た感情や出来事が重なる。

少しずつ、

「もしかして、これは……」

と気づく。

そしてある場面で再びそのシンボルが現れた瞬間、それまで積み重なった意味まで一緒によみがえる。

これは前にテーマについて考えたときとも似ています。

テーマも、説明されないからこそ観客が考えることができる。

シンボルも、

答えを直接言わず、観客の中で意味をつなげてもらうための方法

なのかもしれません。

だから同じ作品を見ても、

「私はこう感じた」

「いや、これは別の意味なんじゃないか」

という違いも生まれる。

それもまた、物語について考える面白さなんだと思います。

シンボルって、なんなんだろう?

今のところ、私はこう整理しています。

シンボルとは、目に見えない意味を、目に見えるものに預けること。

そして、

その意味を、繰り返しと変化によって育てていくこと。

最初はただの物だったものが、

キャラクターと結びつき、

出来事と結びつき、

テーマと結びつき、

最後にはそれを見ただけで、物語のさまざまなことを思い出せるようになる。

そう考えると、シンボルって単なる「意味当てクイズ」ではないんですね。

物語の中で意味が育っていく過程そのもの。

最近は、そんなふうに見るようになりました。


参考

この記事を書くにあたり、『ストーリーの解剖学』で紹介されているシンボルについての考え方を参考にしながら、自分なりに整理しました。

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